短編

□闇に置いた一石の光はどこまで
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「名前、聞いて聞いて」
「ん、なに?」
「……偵察してる高校でさ、彼氏ができちゃった!」
「えーっ! 真歩が!? ねね、どんな子?」
「フフ。すっごく無邪気で、素直なの。……記憶と魔力を奪われるなんて思ってもないんだろうな」

 初めは、そんな話から。
 ヴァンプ高校に偵察に行った真歩は、魔女であることを隠しながら過ごしていた。全ては、ターゲット選手の魔力と記憶を無くすために。
 でも、彼女は徐々に変わっていった。

「名前……。私、本当にこれでいいのかな」
「真歩……」
「公園でナンパしてきた男から助けてくれたり、私が欲しがった花を危険なのに取ろうとしてくれたり……」
「真歩、もしかしてその人のこと……」
「……うん。好きって、こういうことなの?」

 真歩は迷っていた。このまま、彼の記憶と魔力を奪っていいのかと。
 きっと、彼女が悩んでいたのは、彼の記憶を消すことで今まで彼と過ごしてきた全てを忘れてしまうということ。そんなことを悩んでしまうほどに、彼を好きになってしまったんだ。
 でも、私は素敵なことだと思っていた。だって、恋愛は人を変えるって聞いたことがあったから。現に真歩は彼のことを考えて、話してくれる時、私の目にはとても魅力的に映る。
 私もこうなりたいなあ。不謹慎だけど、真歩の葛藤の中で私は羨ましさが芽生えていた。

 天気は快晴、気温も上々。野球日和という他ないある時。真歩が恵比留高校に帰ってきた。

「名前!」
「おかえり、真歩!」
「ただいまっ」
「あの、帰ってきて早々なんだけど、彼とは……」
「ああ、そのことね」
 真歩は、切なげに微笑んだ。
「あのね、奪ってきちゃった」
「奪ってきちゃったって……!」
「でもね、奪い切れなかったんだ」
「奪い切れなかった?」
「うん」

 真歩は、遠くを眺めるように空を仰ぐ。彼女は偵察に行っている間、大きく変わった。なんというか、女の子になった。彼女が見る空には何が映っているのか想像したけれど、私には彼女と同じ景色を見ることなどとてもとてもできないような気がして、青空を見上げる乙女を眺めていた。

「奪い切れなかったの。……私が、あの人に覚えててほしかったの」
「残しておいたんだ。記憶」
「ううん、奪ったよ。残しておいたのは、思い出すきっかけ」
「そっか、奪ったんだ。真歩は真面目だな」
「……こんな気持ち、初めてだな。フフフ、奪ったのは私なのに。なんか矛盾してるね」
 そう言いながら、彼女は心底嬉しそうだった。それこそ矛盾しているような、いいえ、理にかなったような顔だった。私まで温かい気持ちになる。
 しかし、その顔を見ていたい私とは裏腹に、彼女はきりりと眉を寄せた。
「さっ、目的は果たしたんだから。闇野のところに行かなきゃ」
「大丈夫? 闇野くんって、読めない人でちょっと不気味だから……」
「大丈夫、気をつけて行くから! 名前はここで待ってて」
「……分かった。気をつけて」

 真歩が走り去っていった。その後ろ姿も以前とは少し変わった気がする。なんだか、希望とか、夢とか前向きなもので満ち溢れている感じ。今の真歩ならなんでもできそうな……そんな感じ。





 真歩がまだ帰って来ない。遅いな、もしかして闇野くんと何かあったのかもしれない……。不安を抱きながらも、私はただ真歩が戻るのを待つしかできなかった。

 そして、一時間ほど経ったころ、真歩が帰ってきた。
 あの、乙女らしさをかなぐり捨てて。

「真歩!?」
「何?」
 表情が乏しい。全てを諦めたような暗い目をしている。
「何があったの!?」
「……何も」
「嘘だよ、だってあの人のこと話している時はそんな……」

 そこまで言って気が付いた。もしかして、いや、最悪の想定だけれど、この何もかも奪われたような様子からして……まさか。
 私は彼女の両肩に掴みかかった。それでも彼女は眉根ひとつ動かさず、暗い瞳で私をじっと見た。

「……闇野くん、だよね? 闇野くんがあのカメラで魂を奪ったんだよね!?」
「…………」

 真歩は顔を青くして私から離れていった。間違いない。あの反応から見ても、闇野くんに真歩は魂を取られてしまったんだ。
 でも、なぜ? 真歩をはじめ私たちと闇野くんは協力関係にあったはず……。今この時も、闇野くんのノルマに達成したことを伝えに行ったのであって、決して逆鱗に触れるようなことはないはずなのに……。
 納得いかない。その言葉だけを胸に、私は闇野くんがいる部室の奥の薄暗い空間に挑むことを決意した。
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